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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)225号 決定

抗告人 梁本秀一

右代理人弁護士 谷口房行

主文

原決定を取り消す。

本件売却は許さない。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨で、その理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件抗告は民事執行法(以下「法」という)七一条一、五、六、七号の瑕疵を主張するものと解されるところ一件記録によれば次の事実が認められる。

(一)  本件不動産競売事件における売却対象たる各建物(以下「本件各建物」という)については、敷地所有者松本清三と同各建物所有者生駒正、同各建物占有者田中功間に紛争があり、松本は敷地所有権に基づき、本件各建物所有者生駒正に対する各建物収去土地明渡しと賃料相当損害金の支払い及び各建物占有者田中功に対する本件各建物退去の各請求の本案訴訟を大阪地方裁判所昭和五七年(ワ)第二〇七号事件として提起した。これより先、松本は同五六年一一月一〇日生駒に対し右本案訴訟に基づく昭和五六年(ヨ)第四五八九号仮処分事件において本件各建物の処分禁止仮処分決定(以下「本件仮処分」という)をえて同月一二日付で記入登記を経由し、同五八年五月三一日生駒及び田中両名に対する前記各請求につき賃料相当損害金の月額を一部棄却された外その余の全部について勝訴の判決をえたところ、同判決は生駒が控訴しなかったため同年六月一六日に生駒に対する部分が確定し(以下「本件確定判決」という)、田中の上訴により、同人に対する部分は同五九年六月二二日の上告棄却により漸く確定した。

(二)  原審執行裁判所は昭和五七年五月一二日先行事件たる同年(ケ)第五三四号(以下「本件競売事件」という)不動産競売事件において競売開始決定をなし、本件仮処分記入登記におくれて同月一三日受付による差押え登記を了し、爾後は本件競売事件の手続が進められたところ、同六〇年四月二三日付現況調査報告書には、執行官の意見として敷地占有権原欄の「無」が円でかこむ印が付され、評価人の同五八年八月三一日付評価書には、一般的な土地利用権付目用建物としての本件各建物の合計評価額が五六〇九万六〇〇〇円とされ、同六一年一月一〇日作成の物件明細書には、『売却により効力を失わない仮処分(昭和五六年一一月一八日執行)大阪地方裁判所昭和五六年(ヨ)第四五八九号債権者松本清三、債務者日本企画こと田中功、仮処分の内容本件建物収去土地明渡請求訴訟を本案とする占有移転禁止(執行官保管、現状不変更を条件とする債務者使用許諾)』と記載されているだけで、本件各建物所有者生駒に対する本件仮処分執行についての記載がなく、備考として、最低売却価額は敷地賃借権がないものとして定めた旨記載され、ついで同年二月一〇日売却実施命令が発令され、最低売却価格を三八二一万円とした同年三月一二日を始期とする期間入札公告と通知がなされた。この間同年二月一八日青山龍二より執行裁判所に対し本件各建物の敷地所有権者が松本清三から自己に変った旨の上申がなされ、右期間入札に至ったが、本件確定判決の存在を知らなかった抗告人のみが四五〇〇万円で入札に応じ、外に入札者がなく、同年四月二日抗告人に対し売却許可決定がなされた。

(三)  これより先、松本清三は生駒正に対し本件各建物につき本件確定判決中賃料相当損害金請求の債務名義に基づき昭和五九年(ヌ)第三五三号事件として強制競売開始の申立てをなし、同五九年一一月一二日開始決定をえていた(先行事件たる本件昭和五七年(ケ)第五三四号により手続が進められている)ところ、青山龍二は同六一年三月三一日執行裁判所に対し、敷地所有者松本清三が本件競売事件の対象たる本件各建物所有者に対し有する本件確定判決の承継執行文を受けて強制執行の準備中につき、右競売事件の債権者の承継申立てをなすと共に本件各建物の買受人に注意を促すべきことを上申し、同日買受人である抗告人に対し、松本の生駒に対し有する本件建物収去土地明渡の確定判決の承継人として強制執行の予告と敷地を抗告人に新たに賃貸する意思がない旨通知をなしている。

(四)  他方本件競売事件において、右青山の上申までの間に、本件確定判決の存在が前記昭和五九年(ヌ)第三五三号事件において記録上顕出されていないし、原審は、本件仮処分がその執行の段階をこえてその本案たる本件確定判決が確定した段階に進展している事情につき、これを手続上考慮、検討した形跡がなく、前記最低売却価格の決定経緯と算定式も記録上明らかにされていない。

2  ところで、第三者所有敷地上の建物のみの不動産競売手続において、目的建物につき建物収去敷地明渡請求に関する紛争があり、競売開始決定による差押え登記より先順位で、右第三者による建物処分禁止の仮処分執行がなされている段階に止まっているときと、進んで、本案訴訟が提起され、さらに建物収去土地明渡の判決が確定した段階に立ち至ったときではおのずと手続の処理手順が異なり、前二者の段階にある間は、未だ法五三条、さらに法七五条の各事由に当たらず、手続を事実上停止することが多いが、手続を進める場合においても、現況調査報告書においては敷地占有権限の有無は単なる執行官の意見として処理され、評価においても一応敷地占有権のないものと仮定しつつも建物(不動産)としての価格評価がなされるのに対し、前示最後の段階に立ち至ったときは、未だ建物収去の強制執行が完了していない段階においても、事案によっては法五三条、若しくは法七五条の各事由に当たるとされる場合があり、現況調査報告書も敷地占有権がない確定的事実報告として処理され、評価においても収去物(建物を構成する動産たる古資材の集合)の視点から再評価の検討がなされ、物件明細書も確定判決の存在が事実として注記されることを要するものというべきである。

これを本件についてみるに、本件競売手続において、昭和五八年六月一六日に本件各建物の収去土地明渡の本案判決が確定済であるから、それより以後は前記最後の段階における前説示の処理がなされるべきものであるにもかかわらず、前認定の事実関係によれば、本案確定前の処分禁止仮処分の執行段階における手続処理がなされたにとどまるものである。したがって、本件確定判決の存在を記載しなかった物件明細書の作成、前示現況調査報告書、右確定判決の存在を前提として考慮していない評価に基づく最低売却価額の決定、これらに基づく本件売却手続には、いずれも、買受人が買受け申出をなすか否かの判断、又は買受け申出額の選択に影響を及ぼしたことが明らかな重大な誤りがあったというべきである。そして、法七五条の「損傷」には、目的建物につき建物収去土地明渡しの判決が確定した場合も含まれるものと類推解釈すべく、右損傷の事情が物件明細書の記載、最低売却価額の決定に反映されず、買受人が右事情を知らなかった場合には、法七五条の趣旨に照らし、売却実施前に既に存した損傷についても同法条の申出をなしうるものと解すべきであるから、前認定の事実によれば抗告人が別に執行裁判所に対しなした法七五条による申出は理由があるというべきである。

そうだとすると、少くとも抗告人の本件売却許可決定に関する法七一条五、六、七号の瑕疵の主張は理由があるというべきである。

3  したがって、本件抗告は右限度で理由があるので、その余の抗告人の主張につき考えるまでもなく、本件売却を許した原決定は相当でない。

よって、原決定を取り消し、本件売却は許さないこととし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 辰巳和男 三谷博司)

〈以下省略〉

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